奈良を代表する古刹、法相宗大本山・興福寺には、国宝に指定された異色の像が伝わっています。
それがユーモラスな表情で灯火を捧げる『木造天燈鬼・龍燈鬼立像』です。
通常なら仏法を妨害する存在とされる邪鬼が、なぜ仏前に光を灯すのか。
その謎めいた由来や制作背景、仏教的な意味合いを紹介します。
これらの像は鎌倉時代に造られたとされ、木製で彩色も鮮やかに残っています。
その奇抜な姿は海外からの観光客からも人気を呼んでおり、興味深いエピソードも語り草です。
この記事では天燈鬼・龍燈鬼像の魅力を解説します。
目次
興福寺の天燈鬼・龍燈鬼像とは?
興福寺国宝館に安置されている天燈鬼像と龍燈鬼像は、木造の邪鬼像で国宝に指定されています。
像高はいずれも約80センチほどで、鎌倉時代初期の制作と伝えられています(龍燈鬼像は1215年の作とされる)。
本来は興福寺の西金堂(さいこんどう)に安置されていた対の像で、現在は障害物なしに鑑賞できる国宝館に収蔵されています。
二体はペアで表現され、向かって右側が口を大きく開ける天燈鬼、左側が口を閉じる龍燈鬼です。
それぞれ邪鬼(仏法を妨げる鬼)として造られていますが、仏前に灯明を捧げる姿に転じているのが大きな特徴です。
天燈鬼像・龍燈鬼像の概要
木造天燈鬼立像と木造龍燈鬼立像の二躯は、興福寺国宝館の仏像群の中でもユニークな存在です。
天燈鬼像は左手で灯籠を掲げ、頭上に灯火を載せているのが名前の由来で、口は大きく開いています。
龍燈鬼像は体に龍が巻きついているのが特徴で、こちらは口を閉じている点で対をなしています。
両像ともに邪鬼をかたどっていますが、「灯火を捧げる鬼」という発想が珍しく、観賞上の大きな見どころとなっています。
普段は仏界の邪魔者である鬼神を、仏前の光明を供える善神に見立てている点が、鎌倉時代の作者の意図を感じさせます。
制作年代と作者
これらの像は鎌倉時代前期、1210年代に制作されたと考えられています。
年代がはっきり伝わっている龍燈鬼像は、有名な仏師・運慶の子である康弁(こうべん)の作とされ、1215年の銘文も残っています。
天燈鬼像の作者は不明ですが、同じころに造られたものであることは分かっており、様式から運慶一派の系譜に連なると推測されます。
鎌倉時代は仏像彫刻ではリアルさや動きが重視された時期で、錬金術的ともいえる技巧や特徴的なデザインがこの二躯にも施されています。
西金堂と国宝館での展示
本来、天燈鬼・龍燈鬼像は興福寺境内の西金堂内に安置されていました。
西金堂は興福寺の根本道場で、厳かな本尊や脇侍とともに仏前を飾る位置にありました。
しかし西金堂の大修理後は、これらの像は国宝館へ移され、現在でも常設展示されています。
国宝館は黎明館とも呼ばれ、阿修羅像や四天王像など多くの国宝仏像を収蔵する博物館的施設です。
天燈鬼・龍燈鬼像は収蔵庫の一隅に置かれ、ガラス越しに鮮明な彩色や表情を間近に拝観できます。
天燈鬼像と龍燈鬼像の特徴と見どころ
両像の特徴を知ると、鑑賞の楽しみがより深まります。それぞれの像には造形上のこだわりがあり、見比べることで面白さが増します。
以下では一対の像を構成するパーツや伎術に着目して、どんな点に注目すべきかを解説します。
顔と表情
天燈鬼・龍燈鬼像のもっとも印象的な部分は壮麗な表情と言えるでしょう。二体とも赤い彩色が目を引き、眉間には額(第3の目)や髪上に双角を持っています。
天燈鬼像は口を大きく開け、まるで何かを叫んでいるかのような表情です。一方、龍燈鬼像は口をしっかり閉じており、両者で「阿吽(あうん)」の形を作っています。
この「阿吽」は梵語の始音と終音に由来し、物事の始まりと終わりを象徴します。像の表情によって仏教的な荘厳さとユーモラスさを同時に感じることができます。
体とポーズ
二像は体の描写にも見どころがあります。天燈鬼像は左足を前に踏み出し、左手で前方に灯籠を差し出すような造形です。
右腕は力強く拳を握り、体は大きく前傾しています。一方の龍燈鬼像は右足を前に出して重心を取っており、体に巻き付いた龍の躍動感を感じさせます。
どちらも肉体の筋肉表現が細密で、立体感が強調されています。動きのあるポーズからは、灯明を運ぶという役割への意志のこもった力強さがうかがえます。
使用素材と彫刻技法
両像は基本的に木造ですが、部分的に珍しい素材を併用している点が注目されます。
龍燈鬼像の特に大きな特徴は、太い眉毛が銅板で作られていることです。また牙には水晶が用いられ、そのまばゆい光沢が生々しさを増しています。さらに、龍が背中に巻きつく構造上の鰭(ひれ)部分には獣の革が使われ、質感に変化を付けています。
天燈鬼像にも似たくり抜き技法が使われ、内部は軽量化のため空洞になっています。両像とも目は水晶がはめ込まれ、彩色された目玉と相まって生きたような眼差しを見せています。こうした細部の工夫が、鑑賞者を圧倒する迫力を生んでいます。
天燈鬼と龍燈鬼像に込められた仏教的意味
天燈鬼・龍燈鬼像には仏教的な深い意味も込められています。単にユーモラスなだけではなく、その造形や構成は仏教の教えを象徴する意図が見られます。
古来、こうした邪鬼の像は四天王など仏の使者に踏みつけられる存在でしたが、興福寺では両像をあえて光明を捧げる善神として表現しています。続く各項目で、それぞれの要素が何を示しているのか解説します。
阿吽の形で表される意味
両像は「阿吽(あうん)」の口形をとっている点がまず特筆されます。天燈鬼像は口を大きく開いて「阿(あ)」の形、龍燈鬼像は口を閉じて「吽(うん)」の形です。
「阿吽」は梵語で万物の始まりと終わりを意味し、多くの仁王像や狛犬でも用いられる構図です。興福寺の二像では、あえて鬼の姿でこれを表現することで、元来は悪であった者が仏の世界の一部として調和していることを示唆しています。
始まりの阿と終わりの吽は、あらゆる事象の完全性や宇宙の総体を象徴します。二像が対をなして阿吽の表情をとることで、人々に仏教的な統合と調和のメッセージを伝えています。
灯明を捧げる象徴性
天燈鬼・龍燈鬼像が最も特徴的なのは、灯籠を携えて仏前に光を灯している点です。佛像を闇から照らす行為は、迷いをなくし悟りの世界へ導く象徴と受け取れます。
通常、燈明を灯すのは仏教徒の行いですが、両像では邪鬼という悪とされた存在が務めています。これは「仏法に帰依した鬼」が仏を敬い供養している姿であり、文字通り暗闇に光をもたらす象徴です。
また灯籠は天燈鬼像では頭上、龍燈鬼像では体の下から支える形で持たれます。それぞれの灯明は仏の知恵を象徴し、鬼でさえも仏の教えに従えば悟りの光に包まれるという仏教的教訓が込められています。
邪鬼から仏弟子への変容
興福寺の二像は、「仏に帰依した者に変わった鬼」というテーマで造形されています。通常は仏の守護神に踏みつけられる邪鬼ですが、この像では仏のために光を届ける役割に転じています。
これは仏教における救済の精神を表しており、悪でさえも仏法を信じれば改心し得るという教えを体現します。邪悪な過去を持つ者が懺悔して善行を成すことで悟りに近づく、というストーリーが像の姿勢と表情から伝わります。
このようなモチーフは非常に珍しく、興福寺の天燈鬼・龍燈鬼像は仏教美術の中でも特異な存在です。鑑賞者は彼らを通じて、仏教が説く「誰でも救われうる」仏の慈悲深い教えに思いを馳せることができます。
興福寺国宝館で天燈鬼・龍燈鬼像を観賞するには
天燈鬼・龍燈鬼像を見るためには興福寺国宝館を訪れます。奈良公園近くの興福寺境内にあるこの博物館で、阿修羅像などと並んで二像を拝観できます。
国宝館は毎日開館しており、9時から17時まで(入館は16時45分まで)拝観可能です。天燈鬼・龍燈鬼像は常設展示なので、特別な公開予定に縛られずいつでも鑑賞できます。以下の情報を参考に観賞プランを立ててください。
展示場所:興福寺国宝館
天燈鬼・龍燈鬼像は興福寺中金堂の裏手にある興福寺国宝館の1階で展示されています。ガラスケース越しに二像並んで安置されており、左右の配置にも注意して見てみましょう。
館内には他にも興味深い仏像が多数収蔵されているため、阿修羅像や四天王像と合わせて鑑賞できます。国宝館は比較的小規模ですが、見たい像ごとに順路が工夫されているので、混雑時でも順次じっくり観賞できる作りです。
展示室内はやや薄暗い照明になっていますが、照度を確保して像の彩色や細部を確認できるよう配慮されています。天燈鬼像・龍燈鬼像は色彩がよく残っているので、近寄ってその表情や質感を堪能しましょう。
拝観時間・料金
興福寺国宝館の開館時間は9:00~17:00(16:45受付終了)で、年中無休です。拝観料は大人(高校生以上)500円、小中学生300円です。団体割引や各種パスの対象施設にも指定されています(事前に公式サイトで確認を)。
チケットは国宝館入口の券売機で購入できます。入場時に拝観券を渡し、ロッカーが不要な場合はそのまま靴で入館できます(館内は土足で構いません)。古い木彫像のため臨時的に展示替えが行われることは稀ですが、公式告知をチェックしてから行くと安心です。
アクセスと周辺案内
興福寺国宝館は奈良公園の東側、近鉄奈良駅から徒歩約5分の近さにあります。最寄りのバス停は「市内循環バス(ぐるっとバス)『春日大社本殿前』」など、奈良公園内の各地からアクセス可能です。
国宝館周辺には中金堂や南円堂、五重塔などの見どころも点在していますので、併せて興福寺境内を巡るのもおすすめです。また、国宝館内には売店もあり、天燈鬼・龍燈鬼をモチーフにしたグッズも販売されています。拝観前にチェックしてみてください。
まとめ
興福寺の天燈鬼・龍燈鬼像は、他に類のないユニークな仏像対です。13世紀に造像されたこれらの木造像は、国宝に指定されるだけの卓越した造形美と深い仏教的な意味を備えています。
阿吽の表情や灯籠を捧げる姿勢には、悪をも救済する仏の慈悲が込められています。興福寺国宝館を訪れれば、阿修羅像などと並んでこれらの国宝像を間近に鑑賞できます。
古刹興福寺の境内で、笑みをたたえながら光を届ける天燈鬼・龍燈鬼像。その歴史や背景を知りながら観賞すれば、仏教美術の奥深さを改めて実感できるでしょう。
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